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東京高等裁判所 昭和41年(ネ)1438号 判決

控訴人 国 外三名

代理人 鎌田泰輝 外一名

被控訴人 株式会社セガ・エンタープライゼス

主文

1(一)  原判決中控訴人(附帯被控訴人)張南沫、同張昭雄、同谷中清に関する部分を次のように変更する。

(二)  控訴人(附帯被控訴人)張南沫、同張昭雄、同谷中清は被控訴人(附帯控訴人)に対し各自金一二〇万七三二〇円及びこれに対する昭和三六年四月一日から支払ずみまで年五分の金員を支払うべし。

(三)  被控訴人(附帯控訴人)の控訴人(附帯被控訴人)張南沫、同張昭雄、同谷中清に対するその余の請求(附帯控訴による分を含む)を棄却する。

2(一)  原判決中控訴人(附帯被控訴人)国敗訴の部分を取り消す。

(二)  被控訴人(附帯控訴人)の控訴人(附帯被控訴人)国に対する請求(附帯控訴による分を含む)をすべて棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審を通じ、被控訴人(附帯控訴人)と控訴人(附帯被控訴人)国との間ではすべて被控訴人(附帯控訴人)の負担とし、被控訴人(附帯控訴人)と控訴人(附帯被控訴人)張南沫、同張昭雄、同谷中清の間では被控訴人(附帯控訴人)について生じた費用を五分し、その四を控訴人(附帯被控訴人)張南沫、同張昭雄、同谷中清の連帯負担とし、その余を各自の負担とする。

4  この判決は第一項の(二)にかぎり仮りに執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

一、(省略)

二、(控訴人国に対する請求について)

本件ジユークボツクスが被控訴人の所有であつたこと、弁済期の点を除き被控訴人主張のような条項からなる金一三〇万円の貸借に基く控訴人張南沫から白鳥に対する前橋地方法務局所属公証人井上要作成の昭和三五年第三〇三六号金銭消費貸借契約公正証書(証拠省略)が存在し、同控訴人が前橋地方裁判所執行吏樋口三郎に委任して昭和三五年一一月一六日クラブ本陣において白鳥に対する強制執行として右公正証書に基き被控訴人所有の本件ジユークボツクスを差押え、同年一二月二九日同所においてこれを競売させ自ら金三〇万円で競落したこと、本件ジユークボツクスはその後昭和三六年三月末日頃控訴人張南沫から第三者である木島武に譲渡され、その結果被控訴人がその所有権を喪失するに至つたことは控訴人国と被控訴人との間も争いがない。

被控訴人が本件において控訴人国に対し損害賠償を請求するのは、国の執行機関である樋口執行吏が右差押に当り過失があつたことを原因とするものであり、被控訴人は一般に有体動産の差押をするに際し差押物件が果して執行債務者の所有に属するものであるかどうか慎重に調査する義務があり、ことに本件ジユークボツクスはその物自体の取引形態及び差押に当つて執行債務者である白鳥からこれが被控訴人の所有である旨の申出がなされたことからいつて当然その所有権の帰属を問題とすべきであつたにも拘わらず、同執行吏がその調査を怠り漫然これを差押えたのは過失であると主張する。

(証拠省略)によると、本件ジユークボツクスと同様の硬貨投入による自動音楽演奏装置は昭和三〇年頃被控訴人によつてはじめて日本国内に輸入されたものであり、昭和三五年四月頃日本全国で約二〇〇〇台のジユークボツクスが存在していたが、すべて被控訴人のようにこれを貸出していたものの所有するところであつて、設置場所経営者の所有するものはなく、昭和三六年六月頃に至り設置場所経営者においてこれを買い受けて所有する事例が現われるようになつたものであること、被控訴人は最初にこれを輸入してバー、キヤバレー、レストラン、旅館、遊園地等にこれを設置して収益を挙げる事業を始めたものであり、日本全国に存するジユークボツクスの大部分はその取扱にかかるものであるが、被控訴人がこれを設置するに当つては設置場所経営者との間においておうむねジユークボツクスのレコード交換のための上蓋鍵、現金箱の鍵は被控訴人が保管し、投入された硬貨はすべて被控訴人の所得となり、被控訴人方従業員が定期的にこれを集金すること、右投入硬貨が週七〇〇〇円に満たないときは設置場所経営者において差額を支払い、右額を超えるときは一定の歩合を設置場所経営者に支払うこと、その搬入・移動・修理・レコード交換はすべて被控訴人が行うこと、また被控訴人の所有物であるから設置場所経営者がこれを担保に供することはできず、火災による場合のほか破損減失による損害はすべて設置場所経営者の責任となることを約定させることとしていたのであつて、設置場所経営者としてジユークボツクスに手を触れることは単にその音量を調節することのほか殆んどあり得ないのが通常であつたが、外見からすれば、設置場所における他の営業用備品ととくに区別される標識はなく、これが直ちに設置場所経営者の所有物でなく被控訴人の所有であることが看取されるような状況にはなかつたこと、そして本件ジユークボツクスも昭和三五年一〇月八日クラブ本陣の経営者の一人である白鳥の要請に基き被控訴人方従業員小笠原新一郎がクラブ本陣に持参し、一週間の保証金額を金九〇〇〇円とするほか右同様の約定で設置されたものであること、ところですでに前段において認定したように昭和三五年一〇月一七日頃控訴人張南沫がクラブ本陣に対する出資を白鳥に対する貸金の形に改めて出資者たるの地位を退き、クラブ本陣は名実ともに殆んど白鳥の単独経営の形となつたが、控訴人張南沫は同年一一月上旬頃白鳥に対する金銭消費貸借公正証書に基き右貸金の取立を図ろうとし、控訴人谷中清に白鳥に対する強制執行手続一切をとつてくれるよう依頼し、同控訴人は控訴人張南沫の代理人としてその頃樋口執行吏に対し右公正証書に基く強制執行行為の委任をしたこと、そこで同執行吏は同月一六日控訴人張南沫、同張昭雄、同谷中清とともにクラブ本陣に赴き白鳥に出会い、同人がクラブ本陣の経営者であることを確めた上、同人に対する強制執行として右公正証書に基き卓子、座椅子等クラブ本陣内に存する他の営業用備品とともに本件ジユークボツクスに対する差押を行おうとしたところ、同人から本人ジユークボツクスは被控訴人の所有物であつて白鳥の所有ではないと強く抗議されたが、同人が控訴人張南沫及び同谷中清らになだめられて抗議を止め、しかも本件ジユークボツクスは一見して被控訴人の所有であることが明瞭でなく、卓子、座椅子等と同様設置場所経営者白鳥の占有かつ所有に属する営業用備品とみられるものであつたので、これをその内にレコード二〇〇枚が内蔵されているものと判断し、同人所有の物件として差押えたことが認められ、右認定の本件ジユークボツクス差押当時の状況につき右認定に反する(証拠省略)の各一部がいずれも措信し難いことは前段において説明したとおりである。

右認定の事実関係のもとにおいては、設置場所経営者は本件ジユークボツクスを占有していたものと認めるべきである。なお詳言すればジユークボツクスの設置契約書に代わる送り状(証拠省略)中の記載によれば、Deliver(訳語、送り先)として設置場所の表示をなすべき欄が存し、Received(Location)(訳語、賃借人受領印)として設置場所責任者の印を押捺すべき欄が存するが、被控訴人が右に元来の用語として使用し記載しているものとみられるDeliverとは物品の占有の引渡を意味し、Receiveとは物品を受け取ること、換言すれば占有の移転を受けることを意味し、ともに設置場所経営者に対しジユークボツクスの現実の占有が移転されることを表現する趣旨と解し得られるのであるから、設置場所経営者の要請によりジユークボツクスが現実に設置されたときは、設置場所経営者は少くともその占有の移転を受けたものというべきであり、レコード交換のための上蓋鍵、現金箱の鍵を被控訴人が保管するのは、設置場所における収益の割合に応じた設置の対価の収取を確保するための一手段であると認めるのが相当である。

そうすると、本件ジユークボツクスについては設置場所であるクラブ本陣の経営者がこれを占有するものというべく、すでに明らかなように白鳥はクラブ本陣を殆んど単独で経営するものであつて、本件ジユークボツクスはその営業のためバンド演奏に代わるべきものとして設置され、他の営業用備品と同様クラブ本陣の店内に備え付けられて客の使用に供せられていたのであるから、占有に基く権利推定の法理により本件ジユークボツクスは一応白鳥の所有に属するものとの推定を受けるものといつてしかるべきである。

そして、民事訴訟法第五六六条執行吏執行等手続規則第二六条に徴すると、執行吏が債権者の委任に基き債務者所有の有体動産を差押えるに当つては、その差押えようとする動産が真実債務者の所有であるかどうかを問うことなく、専ら債務者が外形上容易に認識され得る事実的支配関係、すなわち占有を有することが認めうるかぎり、当該動産が外形上或いは所在場所の状況その他から若しくは強力な証拠資料の提示を受けることにより何人にも直ちに第三者の所有であることが明白に認識され得る場合でなければ、たとえ債務者がこれを第三者の所有であると主張したとしても、単にその旨の申出がなされたことを差押調書に記載するに止めてこれが差押の執行をなせば足りるものであり、それ以上に当該動産の所有権の帰属関係を調査すべき職責を負うものではないと解せられるのである。本件において樋口執行吏が白鳥から本件ジユークボツクスが被控訴人の所有である旨の抗議を受けたとしても、白鳥がこれを止めたこと前認定のとおりであり、他に有力な証拠資料の提示のなされた様子も認められないのみならず、(証拠省略)によると、ジユークボツクスがクラブ本陣の存する群馬県下にみられるようになつたのは昭和三四年頃からであり、昭和三五年一〇月頃現在においても同県下のジユークボツクスは総数僅かに五、六台に過ぎず、しかも通常人が一見して本件ジユークボツクスが設置場所経営者の所有でなく被控訴人の所有であると明確に認識することはできないというのであり、(証拠省略)からすると、樋口執行吏はジユークボツクスについて特別の知識を有せず、本件差押前これを一度見たことがあるのみでその操作方法も知らず、ジユークボツクスの差押も本件がはじめての経験であることが認められるのであるから、同執行吏が白鳥に対する強制執行として本件ジユークボツクスに対する同人の占有を重視してこれを差押えた際本件ジユークボツクスが被控訴人の所有であつてその設置につき被控訴人とクラブ本陣経営者との間に右認定のごとき約定の存することを認識せず、これを覚知し得なかつたとしても、同執行吏が執行吏として要求される注意義務を怠り、本件ジユークボツクスを白鳥の所有物件として差押えたものとはいうことができない。(証拠省略)によると、本件ジユークボツクスにはその操作に関心を持つ者には直ちに認識し得るよう硬貨二〇円を投入することによる使用法が表示されていることが認められ、従つてクラブ本陣の来客によつてこれに硬貨が投入され現金が内蔵されたままとなつていることが容易に推測されるけれども、この現金の所有者もジユークボツクスの占有者が所有者であると同様に設置場所の占有者と推定すべきである。この点についてジユークボツクスの利用者が所有者であることは稀有であつて、第三者の所有であることが常識であるとの事実を認めるべき資料はない。それ故現金が内蔵されていること及びこの現金は第三者の占有する鍵によつて保管されていることに特段の注意を払わず従つて右現金が被控訴人の所有であることに気附かなかつたことについて樋口執行吏に注意義務の過失があるということはできない。

他に本件ジユークボツクスを白鳥の所有であるとして差押えたことについて同執行吏の過失を問題とすべき事実を認めるに足りる証拠はなく、また強制執行の迅速性・画一性の要求からいつて被控訴人主張のように本件差押をなすに際し樋口執行吏に本件ジユークボツクスの所有権の帰属を確認すべき義務あるものとはなし得ない。

さすれば、右過失の存在を前提として控訴人国に対し損害賠償を求める被控訴人の請求はその余の点に立ち入つて判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

三、(結び)

よつて、控訴人張南沫、同張昭雄、同谷中清の本件控訴及び被控訴人の附帯控訴に基き原判決中右控訴人らに関する部分を変更することとし、被控訴人の同控訴人らに対する請求を前記一認定の限度において正当として認容し、被控訴人の同控訴人らに対するその余の請求(附帯控訴による分を含む)を棄却することとし、控訴人国の本件控訴に基き原判決中控訴人国に関する部分を取り消して被控訴人の控訴人国に対する請求(附帯控訴による分を含む)を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条第九三条第九六条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用し、控訴人張南沫、同張昭雄、同谷中清の申立にかかる仮執行免脱の宣言についてはこれを附さないこととして主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数 上野宏 鈴木醇一)

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